ヘーゲル
ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル (1770年 - 1831年、享年61歳) | |
死因 | コレラ |
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最期の言葉 | 「おれの学生たちの中で、おれを理解したものはたった一人だった」 |
人類の歴史の転換点のひとつでもあった、19世紀前半のドイツを代表する大哲学者がヘーゲルです。
1837年11月、ドイツで大流行していたコレラに感染して亡くなりました。
ベルリン大学では総長を務め、死の直前まで、多くの学生たちに哲学を教授していました。
しかし・・・・・・彼の本は、難しすぎて「読んでもわからない」と当時から評判だったようです。
そんなことで大哲学者の名誉を得たとしても、うれしくないという気持ちはわかります。
現代日本でも、ヘーゲルの本は「言い回しが難しく、何を言っているのかさっぱり意味がわからない」からこそ、興味を持たれ、出版不況でも「売れる」という実に奇妙な理屈で人気があったりします。
ヘーゲル教授の最後の言葉には、ボヤキめいた続きがありました。
「しかし、そのたった一人の男もまた、完全にはおれを理解しはしなかった」
結局、だれ一人、じぶんの哲学をわかってもらえなかった・・・・・・とつぶやき、人類史上最高の知性の持ち主といわれたヘーゲルは亡くなりました。
「わかりやすく書けばいいのに」と思うかも知れませんが、わかりにくい原文と、わかりやすく書き直したリライト版は、厳密には別物。
哲学とはそういう言葉の言い回しにこだわる学問なのです。
賢すぎるのも、自分と同じレベルで理解しあえる相手を持てないということ。
絶対的な孤独を感じさせる名言です。
カール・マルクス
カール・マルクス (1818年 - 1883年、享年65歳) | |
死因 | 肺結核 |
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最期の言葉 | 「ここから出て行け! 最後の言葉が必要なのは生前、十分に語りつくさなかった馬鹿者だけだ」 |
共産主義のバイブル『資本論』。
19世紀末~20世紀にかけて、数々の革命運動を突き動かした本です。
しかし、革命家全員がこの長大で、難解な本を理解していたとはとても言えないでしょう。
そもそもマルクス自身が全部、『資本論』を読み通していないのですからね。
・・・・・・というのも、マルクスが仕上げられたのは『資本論』の一巻のみ。
ライフワークの仕事途中で生命が尽きてしまったのに、死に際には「わが人生に一片の悔いもない」式に「言い残したい言葉など、ない!」と一喝、そのまま死んでしまったのでした。
それ以降を粘り強く完成させたのは弟子のエンゲルスでしたし、生前のマルクスはまったくカネになるような労働をしないので、彼の世話をしていたのもエンゲルスでした。
エンゲルスは裕福な工場経営者でした。つまりブルジョワ。
そんなエンゲルスの「ヒモ」になるまでのマルクスを支えたのは、まずは親の遺産。それから貴族の出の妻でした。
社会主義者といえば、庶民の味方かとおもいきや、違いますねー。
資本論の表紙(1867年発行)
革命の必然性を説いた『資本論』の著者・マルクスは、貴族の妻や、ブルジョワの弟子に養われるだけの「悪魔のようなニート」だったのです。