ヘンリー王子とメーガン妃が、イギリス王室のメンバーであることから「引退」したことは世界中の話題となりました。そもそも、王室のメンバーであることから「引退」することは、出来るものなのでしょうか? 先例はあるのでしょうか?
答えは「YES」です。
20世紀初頭、わずか11ヶ月だけ王位にあったエドワード8世のケースはさらに過激なものでした。
エドワード8世は、「王冠を賭けた恋」の当事者として有名です。そう聞けば、なんとなくにせよ、ご存知の方も多いと思います。
退位演説で「私が愛する女性(=ウォーレスのこと)の助力も支持も得られないままでは(略)王位を全うすることはできない」と、彼は訴えました。
それゆえ、彼の電撃退位に対しては、高い地位を放り投げた無責任さよりも、「王冠を賭けた恋」の当事者として人気を呼び、大衆からの支持は高まります。映画が何本も作られ、ヘンリーの自伝は売れに売れ、夫妻は大金を得ることができました。
退位までかけたお相手は……
しかし、明るい話ばかりではありません。エドワードが退位までして結婚したのは、これまでに2回の離婚歴を持ち、素行もあまりよろしくないことで知られたウォリス・シンプソンという女性でした。
イギリスの上流社会には夫妻の居場所がなくなり、エドワードは英国王ですらあったのに祖国イギリスを去らねば生活できないにも等しい立場となりました。
しかしイギリスで冷遇されれば、されるほど、非常に高い大衆的な人気をエドワードが得ていったことは事実です。とくにイギリス王室からの冷遇は、エドワードの「引退」を、成功に引き上げるキーだったいってもよいでしょう。
ちなみに彼の父であるジョージ5世は、亡くなる時、「私の死から12ヶ月以内に、息子(=エドワード)は破滅するだろう」と予言していましたが、退位は父王の死から約11ヶ月目。戴冠式すら済んでいない状態でした。
よほど後継者としてのエドワードに心残りがあったでしょう、死を間近にしてもなおジョージ5世の口調は乱れに乱れ、このままでは「王者にふさわしい最後の瞬間に必要な尊厳と平静さをもってふるまえない」ことを理由に、医師がモルヒネを致死量投与したことで知られます。
ちなみにこの時の安楽死的な処置は、当時のイギリスの法律上(ちなみに現在でもなお)、違法であったといわれ、問題視されています。ジョージ5世は注射される瞬間、すべてを悟り、「くそったれ」と言い残しました。
かくしてジョージ5世は静かに(させられて)、家族に見守られながらこの世を去りました。
急遽即位した弟「ヨーク公」
エドワードの嘆きは深く、これで彼も落ち着くかもしれないと周囲が期待したのを裏切るように、父王の死のわずか11ヶ月後、エドワードは人妻ウォレスを離婚させ、自らも王位を「投げ捨てた」に等しい行動をとったのです。まさに死の床の父王が恐れていた「破滅」でした。
エドワードがあまりの電撃退位をしてしまったがゆえ、弟・ヨーク公にもなんの相談もしていないという有様でした。エドワードの弟・ヨーク公はこれまでの人生で考えもしなかった即位を強いられることになります。
ヨーク公は、その時点でなんの帝王教育も受けておらず、兄を心底から恨んだといわれますが、即位後はジョージ6世として、安定した国王ぶりを見せました。
Joel Rouse (Ministry of Defence), and nagualdesign, OGL 3
後にはジョージ6世の娘・エリザベス2世が即位し、現在もイギリス女王の地位にあります。もし……エドワードに恋より王位を選ぶだけの分別があった場合、現在のイギリス王室メンバーの顔ぶれはガラッと違ったことでしょうね。
退位は浅薄な男の最後の決断だった?!
退位によって家族を困らせたものの、自由を得たエドワードは「ウィンザー公爵」と名乗り、ウォレス・シンプソンと暮らし始めました。しかし……「王冠を賭けた恋」の美名の裏で、二人の間には隠された愛憎劇があったことはほぼ間違いないと思われます。
エドワードとの新婚旅行の時ですら、ウォレスは離婚した元・夫であるアーネスト・シンプソンに充てて、ラブレターを書いているのです。
その手紙は
「あなたがどこにいようと、私を信じて。私が昼はあなたを想って何時間も過ごし、夜もあなたのために祈っていることを。私の愛のすべてを込めて」
などという熱い一節で終わっていました。彼にとっては真実の恋だったかもしれませんが、女性からはエドワードは愛されていなかったのです。
恐らく、エドワードがウォレスの心情に気づいていないはずもなく、両者は世間のイメージとはことなり、ただの「愛し合うカップル」ではなかった気がします。
エドワードはハンサムで、快活で、大金持ちで、「恋多き男」として知られていました。
しかし実際のところ、それは相手の女性からはさほど大事にはされず、相手が定まらないからという部分がありました。
王室メンバーだった時代のエドワードには、その高貴な血筋ゆえに社交界の火遊び好きのマダムたちの熱い視線が送られ、あぶくのような恋はいくつもうまれました。しかし、実際に仲良くなると、エドワードは読書をせず、浅薄な知識しかない男であるとすぐに分かってしまったのが、ウォレス以外の女性と彼が長続きできなかった理由だといわれます。
実はウォレスからもエドワードは何度も関係を断ち切ろうとされていました。二人の結婚に反対する人々が多い中、ウォレスからも「私とは別れてくれ」とまでいわれていたのです。ここでなぜ、エドワードが退位をしたかの理由が推測されます。
退位までして、「こんな犠牲を僕は払ったんだから、君も誠意を見せて。夫とは離婚して!」と、ウォレスに詰めより、彼女も「そこまでされたのなら……」と腹をくくるしかなかったのではないか、と筆者には思われてならないのです。次回に続きます。