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コラム 堀江宏樹の「世界のお葬式」 presented by 雅倶楽部 2024年7月2日掲載

【イギリスのお葬式】火葬後65%が埋葬せずに散骨(撒葬)する本当の理由

伝統を重んじる英国王室さえも、時代の移り変わりとともに変化していく「葬儀のカタチ」。
イギリスの葬儀事情をお届けします。

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2021年4月9日、イギリスで99歳のエディバラ公ことフィリップ王配が亡くなりました。英国女王エリザベス2世は長年連れ添ってきた夫君を亡くされたのですから、その悲しみは筆舌に尽くしがたいものだったでしょう。また、その翌年(2022年)9月8日には女王も王配の後を追うように、この世を去られることになりました。

今回は19世紀後半、イギリスが「大英帝国」としてその全盛期にあった時代に英国女王の座にあったヴィクトリア女王の夫だったアルバート公が亡くなった時のお話をしましょう。

時短傾向?!ロイヤルファミリーの葬儀

1861年、ヴィクトリア女王の王配だったアルバート公は、体調不良の末に腸チフスをこじらせて亡くなりました。そして、最愛の夫の死後、ヴィクトリア女王は今日の感覚からすれば、きわめて長い服喪期間に入ったのです。

当時、イギリスでの未亡人の服喪期間は2年でした。しかし、女王はその期間を過ぎてもアルバート公の記念碑の除幕式などの限定された機会以外には、国民の前に姿を見せず、常に喪服に相当する黒いドレスに身を包み、引きこもる生活を亡くなるまで続けたのでした。

ヴィクトリア女王の服喪期間が極端に長過ぎたとも言えますが、2021年のエリザベス女王や王室メンバーの服喪期間が14日に留められたのは(それでも庶民の目には長く感じられるかもしれませんが)随分と簡素化されており、イギリス王室も現代風になったものだという印象を筆者は持ちました。この服喪期間の短縮化について、イギリス王室のメンバーですら、英国国教会の宗教的儀礼よりも日常生活を重んじるようになった証のような気がしたのです。

56%→15%…英国国教会信者数の減少が意味するもの

1980年代の宗教世論調査によると、イギリスの総人口5700万人のうち、英国国教会の信者は3200万人で全体の56%を占めています。ところが第二次世界大戦後、英国国教会の信者が教会から距離を置きはじめた様子が確認されはじめ、1965年の時点で教会での日曜礼拝に定期的に出席している人はわずか全体の15%にまで下がってしまいました。

その数字は、かつては教会が独占的に取り仕切り、貴重な臨時収入だった葬儀の機会が減少したことをも意味し、1967年の時点で英国国教会に所属する教会の500が「維持困難」に、150は教会維持基金からの支援でかろうじて維持できているが、200はすでに「廃絶」した後という哀れな報告があがっています。

現代のイギリスではおそらく、それ以上に教会離れが進んでいるのであろうと思われます。

イギリス王室の服喪期間の“短さ”は、王室の人々も宗教に対してクールになったと意味ではないでしょうが、伝統的には宗教ひいては宗教儀式の最たるものとされた葬儀に対して、無関心になりつつあるイギリス社会の変化を反映しているのであろうな、と考えてしまうのです。

そんなイギリスのお葬式ですが、今日では葬儀自体をまったく行わないケースも増えてきていますからね。

それでも一般的なイギリスのお葬式についてお話をすると、家族が亡くなると、遺族は居住地内の戸籍登録書と葬儀会社に連絡、必要な手続きを行います。

葬儀は墓地や火葬場に付属する礼拝堂で行いますが、村や町の教会を使うことは有力者以外、とても少なくなりました。興味深いのはイギリスのお葬式において、故人の遺体との対面はあまり重視されない傾向があるらしいとのこと(『世界の葬式』)。

家族や関係者ならともかく、近所や職場から来た方に故人のお顔を見てもらうなどという日本のような習慣は薄いようです。そもそも現代のイギリスでは、葬儀に人が大勢来る、もしくは人を呼ぶこと自体が珍しい行為になっているそうで、20人以上の出席者があることは稀だといわれます。葬儀への出席は、遺族以外なら平服でかまわないというようにドレスコードのカジュアル化も進んでいます。ちなみにフランスなどで主流の舟型のお棺より、長方形のお棺のほうがイギリスでは人気だそうですね。

イギリスではフランスとは真逆で火葬が主流です。ところが、遺灰を納骨堂に収めたり、墓地に埋葬するケースは少なく、65%もの人が火葬直後に公園墓地で花壇などになっている専用スペースに撒いてしまう「撒葬」を選択します。

歴史エッセイスト・作家 堀江 宏樹

撒葬(さっそう) …

現代では一般的に「散骨」といったほうが通りがよいですが、遺体・遺骨などを土に埋める「埋葬」に対し、火葬後の遺骨・遺灰を、山や海など特定の場所に慰霊目的で「撒き散らす」ことを「撒葬」といいます。

また一部の遺灰は故人の思い出の土地や海に撒かれるのだそうです。とくにイギリスの中産階級はこの手の淡々としたお葬式を好む傾向が強いとのことで、これはかつてイギリスの中産階級がお葬式に大きな情熱を注いだ19世紀までと、はっきりしたコントラストを描いているように思われます。

消えゆく伝統…イギリスの葬儀のいま

19世紀当時のイギリスでは、遺体への悪魔憑きを避けるべく、遺族だけでなく葬儀会社から専門のスタッフを雇ってまで遺体に一晩中付き添わせていました。中世ヨーロッパさながらの光景といえるでしょう。

遺体のお腹には悪魔祓いの観点から塩が盛られた皿が置かれ、その脇にはロウソクが途切れることなく灯されました。また葬儀は真夜中の教会で、盛大にお金をかけて営まれるべきものでした。

墓地までお棺が運ばれて行く時には子供や未婚者には白、成人は黒の覆い布がかけられ、葬列が組まれました。時々立ち止まっては「主よ憐れみ給え、キリストよ憐れみ給え」と唱えながら行列は進んでいったそうです。

これらの伝統が消え去った背景には、ヨーロッパの中では物価がかなり高いイギリスでのお葬式費用はバカにならないという現実があったようです。1948年以降、20ポンドほどのお金が遺族に葬儀代の補助として政府から支給されることになりましたが、その増額計画が今日にいたるまで国会の議題に出ては退けられることを繰り返しているとか。

結局、イギリスの……特に中産階級において葬式無用論者が近年増加しているのも、日本のように「良いお葬式のサービスが格安で受けられる」機会が少ないこと。つまり、「良いものは高い」という固定観念が伝統的に強く、コストパフォーマンスを重視する発想が薄いこと。富裕層と貧困層への二極化が進み、中産階級層の可処分所得が低くなってしまっていることなどが挙げられるでしょう。日本以上の物価高に見舞われているイギリスならではの現象といえるかもしれません。

もちろん、イギリスでも有数の富豪だといえる王室メンバーが葬儀に「時短」を求めるのは、そうした経済的要因ではないのでしょうが、100年前とは比べ物にならないかぎり日常生活と宗教性が乖離し、様々な理由から「時短葬」に慣れきった庶民たちから「国務を休みすぎている!」という批判を浴びることを交わそうとしたからかもしれないですね。葬儀にかける手間暇の多さや豪華さによって、生前の故人の遺徳を偲ぶという伝統は、すべてに保守的なイメージの強いイギリスにおいても消え去りつつあるようです。

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