誰かの遺体を、しかるべき儀式の後に“埋葬”する文化は人間の歴史と共にあります。しかし、世界には現在でもたくさんの葬儀の形態があります。
先進的な技術を背景にした、豊かな生活文化が花開く、先進国に近づけば近づくほど、火葬、もしくは土葬と火葬が選択できるような“埋葬法”が選ばれ、一方で古代に起源を持つ宗教と、その文化に現在も強く影響されている、昔ながらのコミュニティでは、今なお鳥葬や風葬が行われる傾向があるといわれますね。
古来からの教義を守り、生活する信者が、現在でも存在するという意味で、”世界最古の宗教のひとつ”だとされるのがゾロアスター教です。
ゾロアスター教の信者たちは、今も鳥葬の伝統を重んじながら、モンゴルやインドの一部にコミュニティを築いているそうです。つまり、彼らは現在も「火は神聖なものである」という教えを固く守って生活しているのです。
―――などと聞くと、大都市とは離れた自然豊かなところで、古式ゆかしい生活スタイルを現在も固持したグループが暮らしているというイメージを抱きがちですが、少なくともインドのゾロアスター教徒たちの多くは、それとは真逆の暮らしぶりで知られます。彼らにはよく働き、よく稼ぎ、よく金を使う……そんな派手な消費生活を重んじる富裕層が多いのが特徴です。
減り続けるインドのパールシー(ゾロアスター教徒)
インドのムンバイ(ボンベイ)の中心部の高級住宅地・マラバールヒルにも、当地では「パールシー」と呼ばれるゾロアスター教徒たちとそのコミュニティがあります。「パールシー」とは、ペルシャ人という意味です。
紀元前550年、ペルシャ系の血を引くアンシャン王(※当時)キュロス2世はイラン高原からオリエントに至るまでを一気に攻略、ここにササン朝ペルシャの王国の歴史が始まります。すでにこの当時、王国の民の大多数はゾロアスター教を信奉していました。
7世紀にササン朝ペルシャはイスラム教徒の猛攻を受け、滅んでしまいますが、他国の宗教文化に寛容であったイスラム教の方針により、火を神聖なものとして崇めるゾロアスター教の宗教や、その文化も生き残ることができました。しかし、それでも信仰がより自由に行える土地を求めて、信者の一部が7世紀ごろ、インドに逃げ込んだとされます。
しかし、インドもヒンズー教の教えが今なお根強い土地なのですが、マジョリティであるヒンズー教徒に対し、マイノリティのパールシーことゾロアスター教徒は「布教はしない」という約束を固く守ることによって共存し、信徒たちだけで集住する生活文化を作りあげたのでした。
インドでは他教徒からゾロアスター教に改宗することも禁止で、ゾロアスター教のコミュニティに馴染めなかった人々が出ていくこともあり、「インドのパールシーの人口は、1941年には11万4千人だったが、2011年におこなわれた最新の国勢調査によれば、5万7千人にまで減少している。今世紀(=21世紀)の終わりには、世界でたった9千人しか残っていないと予測されている(パールシーの末裔・Shaun Walker氏のエッセイを「クーリエ・ジャポン」が翻訳した記事より) https://courrier.jp/news/archives/213850/」のだそうです。
ちなみに現代のインドの経済は2つの財閥によって動かされており、その一つである「タタ財閥」の中心メンバーはパールシーです。人口的にはマイノリティでありながらも、独特の教義をもつ彼らの宗教文化が妥協なく、現在においてもインドで執り行えているのはパールシーの社会的な地位がきわめて高いゆえといわざるをえません。
遺体から悪霊を浄化させるためには鳥葬しかない?!
19世紀後半のボンベイ(ムンバイ)の沈黙の塔
ムンバイのマラバールヒルには、広大な敷地に「沈黙の塔」とよばれる、ゾロアスター教特有の埋葬設備が存在し、ここでは現在でも遺体をハゲワシに食べてもらい、白骨化させる鳥葬が行われています。信者以外は絶対立入禁止の神聖な区域です。
歴史エッセイスト・作家 堀江 宏樹
ゾロアスター教だけでなく、世界中の葬祭文化において「遺骸の白骨化は、死の穢れを払浄した象徴(『神葬祭大事典縮刷版』)」と考えられていた。
ゾロアスター教では、人間の遺体はもっとも不浄なもののひとつだと考えています。それゆえ、神聖であるべき火を使って、不浄な人間の遺体を火葬にする行為は最大のタブーと見なされるのです。
「沈黙の塔」の正式名称は「ダフマ」で、石作りの円形の塔の頂上の平地に、死体運搬人が裸にされた遺体を並べて立ち去ると、動物の遺体を主食とするハゲワシが無数に舞い降り、遺体を食らい付くし、白骨に変えていくのです。
所要期間は一つの遺体につき数日だとされてきました。しかるべき時期に、遺体が完全に白骨になったことを死体運搬人が確認し、ダフマの塔頂上部の中心に開けられた穴に骨を落としこんでしまうのでした。魂にこそ価値が見いだされるので、遺骨を収めたお墓などは作りません。
ゾロアスター教で遺体を「汚れたもの」だとする理由の一つは、死体の中に悪霊が存在すると考えるからです。遺体の埋葬に火葬を選ぶと神聖な火を汚すし、土に埋めると土をも汚してしまうので、ハゲワシに食べてもらい、彼らと共に天空に旅立つことで悪霊も浄化されると考えられる鳥葬を重視してきたのでした。
歴史エッセイスト・作家 堀江 宏樹
ちなみにゾロアスター教の神官をシェラザードと呼びます。クラシック音楽に詳しい方なら、19世紀ロシアの作曲家、リムスキー・コルサコフの同盟楽曲を思い出すでしょうし、19世紀ドイツの哲学者、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』は、ゾロアスターのことだというと、文学・哲学に知識のある方は「そうだったのか」となるでしょう。他国の文化にも影響を長く与え続けた宗教が、ゾロアスター教だったのです。